力でねじ伏せるか愛で満たし合うか

賢明な選択をしたいですね

お互いが惹かれあう引力

by sacseg - 10月 31st, 2013

先ほどの母と父は何も特殊なケースではない。多くの夫と妻は、とても違った性格をしている。ある人は外向的、社交的、楽観的で、楽しむことが好きだ。他の人は、荘重、もの静かで、保守的、悲観的、文配的で、暗い。その違いには限りがない。私たちの性格は、遺伝子に組み込まれた欲求の強さと弱さの組み合わせからつくられ、各人にとって特別なものである。先ほどの夫婦のような組み合わせは、互いに衝突する。逆にとても相性が良い夫婦もいる。違いが二人の関係を強化する場合もあるだろう。しかし多くの夫婦を観察するかぎり、性絡の似た夫婦が一番うまくいくようです。あの父は所属の欲求が強く、力の欲求が低い女性と結婚していたら、もっと幸福な人生を送っていたことであろう。母は力の欲求が限界を越えるほど強く、相手を所有しているかぎりは、強く愛することができた。母には、愛と力を分離することができなかった。こうしたことは、私たちの欲求の強さには個性があることの顕著な例でありますね。ある程度は相手に合わせて変化させることは可能なんでしょうが、根本的な部分は難しいのかもしれません。ということであれば、出会った時のときめきや強烈な刺激にだけ目を奪われてしまうのではなく、しっかりと冷静に相手の性格を理解することが永続的な関係を築くにはとても重要なことかもしれません。ただそれは非常に難しいことですが。男女が出会った時のお互いが惹かれあう引力というのは凄まじいものですからね。それが多くの人たちの判断を誤らせてしまうのでしょう。
何だかセックスしたい

性格の違いは兄弟や姉妹でも顕著

by sacseg - 10月 29th, 2013

性格の違いは、五つの基本的、あるいは遺伝的欲求の強弱の違いによる。ある人は愛と所属の欲求が強く、他の人は力と自由の欲求が強い。それぞれの欲求の強さは、誕生時に決まっていて、変化することはないのではないかと感じてしまう。自閉症の子供は、ほとんど存在しないかのような低い愛と所属の欲求しか持っていない。彼らは人との接触をほとんど持とうとしないし、多くの人が求めている親しい関わり方を求める気持ちはなきに等しい。人とのふれあいの機会が与えられれば、少しは他の人との関わり方を学ぶかもしれないが、普通の子供や大人が求めるようなものではない。 Continue reading »

他人との関わり方

by sacseg - 10月 28th, 2013

もはや引き返すことができないことが分かると、母はフロリダに引っ越していった。母は、何年も父にせがんでいたものを手にしたのだ。母はもはやケンカをする理由がないことが分かったに違いない。無条件に降伏することで、武装解除したのだ。しかし、最初の爆発の後は、母はいつものようにふるまった。母はまるで何も言わなかったかのように口をぬぐい、以前のままにふるまった。父はそれ以上追及しなかった。妹は数年後に結婚して家族とともにフロリダに引っ越した。父の最後の三十年は、父の予想ははずれ、誰もが期待した以上に良いものであった。これについてもっとたくさん話したいことがあるが、言いたいことは分かってもらえたと思う。両親の結婚には最初の日から問題があった。母には、母のやり方以外の方法はなかったのだ。性格と言えるようなものがある。 Continue reading »

離婚

by sacseg - 10月 27th, 2013

父はこう話してくれたという。彼が医学部に進み、父の仕事を引き継ぐこともなくなったので、これ以上働く理由はないと感じた。あらゆることを考えて、母の言うことに同意し、フロリダ行きを楽しみにしていた。事は順調に進んでいるようだった。しかし、父が母の意見に合わせて、事業を売却し、家を売りに出そうとしていると言った日に、母は父に言った。「どうしてそんなことをしたの。私がクリーブランドを離れて、フロリダに行きたいなんて、どうして思ったの。私はこの家からも、友達からも離れたくないわ」クリーブランドに母の友人などいなかった。母はすべてを父のせいにしたのだ。自分への相談はなかった。引っ越す気はないと母は言った。どうすべきか、父は私に尋ねた。彼は長い間考えて言った。 Continue reading »

我慢していたこと

by sacseg - 10月 26th, 2013

両親は、父が亡くなるまで、ほほ七十年間結婚生活をともにしていた。当時、まだ離婚は少なかった。父が我慢していたことを例証するために、次のようなをことを話してくれた。彼が二十歳のとき、すでに結婚をしていたが、医学部での学びを始める前に、父は彼に二人だけで話をしたいのでアパートに来たいと言った。そんなことははじめてだった。その声の調子からして、個人的なことだと思えた。父は限界に来ていた。母がいつものとおり何かをしでかし、今度ばかりは母も行き過ぎてしまったようで、父は自分がどのように対処してよいか分からなくなったのだ。父は彼の所に行って、とうしたらよいか彼に尋ねた。二人は、毎年冬になるとフロリダで過ごすのが、恒例になっていた。 Continue reading »

両親の相性が悪い

by sacseg - 10月 25th, 2013

ある彼は5歳になるまでに、両親の相性が悪いのに気づいていた。暴力沙汰に及ぶこともあり、父は物を壊し、一度は母を殴るのを目撃した。両親がケンカを始めると、彼は怖かった。六歳になるころに、暴力はやんだ。両親はこれまでよりも仲良くやっているようだった。夫婦の仲がどんな困難であっても、彼に対しては、二人ともいつも愛情こまやかだった。かなり後になって、彼は次のことを知った。結婚生活を支配させたくなかったら、父は母を殺すしかないというメッセージを伝えるという戦術で、母が父に勝利していたのだ。父は心優しい人だった。母がどんなに無情なほど父を刺激していたか、彼には分かっていた。彼は幼かったけれども、父は爆発するのは忍耐の限界を越えたときだけであることが分かっていた。 Continue reading »

発汗が走ることの原因ではない

by sacseg - 10月 24th, 2013

「どうしてそんなに汗をかいているんだい」彼はあっけにとられてこちらの顔を見る。「僕は真剣なんだ。どうしてだい」彼は答える。「走っていたのさ。誰だってこんな日に走れば汗をかくものさ。走ることと汗をかくことは同時に起こるものなのさ」「同時に起こることは否定しない。しかし、なぜ走ることが発汗の原因だととらえるのかい。なぜ発汗が走る行為の原因だとは思わないのだね」ある理論について知らない彼は、まるでこちらが狂っているかのようにこちらのほうを見てこう言う。「何を言いたいのか、俺には分からない」そのとおり。私たちは、支配型コントロールの考えに慣れきっているので、走る行為と発汗のように、物事が同時に起こると、しばしば一つがもう一つの原因であると言う。しかし六つが同時に起こっていても、とちらかが一万の原因になっているわけではない。 Continue reading »

幸福なときの状態から変化しただけ

by sacseg - 10月 23rd, 2013

これはやや意外に受け取られることが多い事であるが、「落ち込む」ということの意味について考えてみたい。落ち込みを選択する人の脳内化学物質は異常ではない。幸福なときの状態から変化しただけで、その変化は、選択した落ち込みという全行動にとっては、全く正常である。繰り返しになるが、私たちはかなり小さいときに落ち込みを学習している。そして、必要なときにはいつでもそれを使ってきた。この選択からくる苦痛があまりにも大きく、長引くときには、本当に何かがおかしいと気づき始める。人は、自分に何か深刻な事態が起こっているとは認めたがらない。気分の悪さを精神病や脳内化学物質の異常のせいにするほうが安心なのだ。自分の人生が効巣的なコントロールを失ったときに、ひとく落ち込まない人は誰もいないはずだ。落ち込みを選択しているとき脳内化学物質が正常であることを理解するために、次のことを考えてみよう。 Continue reading »

普段は完全に無意識

by sacseg - 10月 22nd, 2013

普段は完全に無意識だが、気をつけていれば、本を読みながら感じているものに気付くことはできる。しかしながら、感じているものに気づくことは、感じていることを選択しているのではない。あなたはこのように言うであろう。「私は自分の感情に気づいている。しかし、その感情はたまたま起こったものだ。自分が選択しているという意識はない。不幸なときに、自分が不幸を選択している意識はない。自分がそのうように選択できるのなら、みじめになる選択だけはしないだろう」この言葉が本当なら、心理療法を受けるのは納得がいかない。自分の感じていることについて何も選択できないのなら、自分の人生やかかえている問題について話し代って何の役に立つのか。多くの人がカウンセラーに会いに行くのは、みじめに感じたからですよね。あなたが自分の感情に対して思うようにはコントロールもできないと信じている理由は何か。 Continue reading »

力の欲求を処理する術

by sacseg - 10月 20th, 2013

今日は昔と違い、法律は離婚する妻を保護しているので、より多くの妻が力のある男性と別れるようになったと言われています。そんな時代なので、力のある男性が幸せになるためには、他の人と同じように、あるいはそれ以上に、選択理論が必要であるのですね。彼らの力ゆえに、彼らが選択理論をものにすれば、社会全体が恩恵を受ける。選択理論が実践される社会では、人と仲良くすることが強調され、他人を強制することはずっと減る。互いを裁き合う必要はなく、違いについては交渉する努力がもっとなされるでしょう。力のある人は、人を支配することよりも、仲良くやることのほうがもっと力の欲求を満たすことに気づくでしょうからね。このような社会では、力の欲求を処理する術を学ぶことになります。私たちが自分たちの心理学を変えれば、そんな社会も夢ではないのですよね。 Continue reading »